
■自分の住所氏名を隠して裁判を起こせる?

暴行事件の被害者です。加害者に損害賠償請求をしたいのですが、報復されるのが怖くてちゅうちょしています。何かいい方法はないでしょうか?

従前は、裁判を起こす場合、訴状に当事者の住所と氏名を記載する必要がありました。これでは、訴えたのがどこの誰なのか、すぐに相手にわかってしまいます。そのため、たとえば、性犯罪の被害者が、加害者に氏名や住所を知られることをおそれ、加害者に対して損害賠償を請求する裁判を起こすことをちゅうちょすることがあるといった指摘がされてきました。
そこで、民事訴訟法の改正により、氏名・住所等の秘匿制度が新設されました。令和5年2月20日の改正法施行後は、住所や氏名を相手方に知られることによって「社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがあることにつき疎明(裁判官に確信を抱かせる「証明」より軽く、裁判官が「おそらく確かだろう」と推測する程度の根拠を示せれば足りる。)があった場合」には、裁判所はそれらを秘匿する旨の決定をすることができるようになりました。
この要件を満たせば、自分の住所や氏名を相手方に伏せたまま裁判が起こせるようになったのです。裁判所の秘匿決定が出た場合は、「代替氏名A」などと呼称され、匿名のまま裁判が進み、判決書も匿名で記載されます。そして、財産差し押えなど強制執行も匿名のまますることができます。
また、病院の診断書を証拠として提出する場合などは、受診した医療機関の場所からおおよその住所が推察されてしまいます。そのような場合に、住所や氏名を推察できる部分をマスキングした書面を提出し、相手方にはマスキングのない書面の閲覧を制限する制度も合わせて設けられました。
閲覧の制限は、氏名・住所等の秘匿の申し立てとは別個に申し立てする必要がありますので注意してください。
この氏名・住所等の秘匿制度は、家事事件手続法にも準用されているため、家事事件にも適用されます。ですから、たとえば、夫のDVから逃げて引っ越した妻が、引っ越し先の住所を隠したまま離婚調停を起こすような場合にも使うことができます。
この制度によって、相手方に氏名や住所を知られることを恐れて訴訟提起を諦めていた方々であっても、裁判手続きを利用しやすくなると思われます。詳しくは、お近くの司法書士事務所、または埼玉司法書士会(☎ 048・863・7861)へお尋ねください。
(司法書士 佐藤洋一)
埼玉新聞 令和5年6月8日から転載